音楽

【元音楽家が伝える】音楽で食べていく方法【Part.0〜自己紹介】

昔から音楽で食べていくのは大変と言われていますが、私は以前、音楽という分野のみで生計を立てていた元音楽家です。

そもそも音楽で食べていくためには、どのような方法があるのでしょうか。

ここでは、元音楽家である筆者の私が、音楽で生計を立てるための方法を出来るだけ詳しくご紹介していきたいと思います。

まずはPart.0として、私自身、音楽に携わってきた経験などの自己紹介をいたします。

私は特にクラシック音楽の打楽器(パーカッション、マリンバ、ドラムなど)に特化した分野に携わっておりました。

元音楽家としての自己紹介(学歴)

中学校の吹奏楽部(3年間)

自他共に認める運動音痴で、しかし高校進学のための内申点稼ぎとして部活に入るべきと教えられ、各部活を見学していたところ、吹奏楽部のかわいい女子部員に誘われました。

そこで、ドラムセットを叩かせてもらったところ、初めて持ったスティックで8ビートや左右の手足が自由に動かせることができたことで信じられないくらい褒められ、自分には才能があるんだと勘違いし、即入部してしまいました。

後から気がつきましたが、吹奏楽部は大きな楽器運搬などで男手があると便利ということで強く勧誘されたのでした。

高校の吹奏楽部(3年間)

高校への進学面接が、音楽教師で吹奏楽部顧問であったため、吹奏楽部で頑張ってきたことを話しすぎてしまい、続けざるを得ない状況になってしまいました。
新しく異なる部活を探すのも面倒でしたので、まあいいやと思ったのが当時の考えでした。

高校の吹奏楽のレベルが、中学校のころと比べて非常に高く、ハードな練習を続けいくと自分の実力がどんどんと向上していくことが分かり、楽器の演奏がより面白くなってきた結果、音楽系の学校へ進学することを決意しました。

音楽系学校(2年間)

北海道の田舎から東京都の23区へ上京したことで毎日が新鮮でした。それと同時に、裕福ではなかった家庭環境で、親からたくさんのお金を借りたことで焦る気持ちもあり、プレッシャーで精神的・肉体的にもボロボロになりながら何とか頑張り続けました。

あまりこういうことをいうべきではないかと思いますが、音楽を始める人、続けている人は、裕福な家庭環境の人たちが多く見られ、成功しなくても何とかなると楽観的な人たちが多いのが印象的でした。
特に東京、埼玉、千葉、神奈川の首都圏に住む人たちに多く、地方出身組のほうが必死になって頑張っています。

音楽を志す人は、低い気持ちに合わせるのではなく、常に向上心を持たないと生き残ることは絶対に出来ません!

元音楽家としての自己紹介(職歴)

国家公務員音楽隊

学生自体に、公務員試験と音楽隊としての演奏オーディションの両方に合格したため、国家公務員の音楽隊として入隊し、公務として音楽演奏を行なってきました。

学生時代では毎日苦しい思いをして頑張ってきた結果だと嬉しく、更にもっと頑張ろうと思いますが、現実とのギャップが多く、非常に苦しみました。

公務員のため、演奏でミスをしてもリストラされることが基本的にありません。
また、実力ではなく、長く働き続けた人が偉いような風習が強く、下手なくせにほとんど練習をしない40〜50歳くらいの人たちが偉そうにしています。
当時20代の私に対して、実力の差がつきすぎてしまうから、練習をやり過ぎるな、などのことを言われて、どうすべきか分からず悩む毎日。税金で食べている自覚があるのかと苛立つ毎日。

結果として1年も経過せず退職してしまいました。

音楽事務所

公務員を退職したあとは、幸いにもすぐにクラシック専門の音楽事務所に採用されました。

この頃から、利益を追求する仕事に楽しさを感じ、さまざまな音楽分野でのコネクション(繋がり)が多くなり、結果として音楽業界で仕事がたくさんもらえるようになりましたが、予想を遥かに超える人手不足な分野が多く、一つの会社員として過ごすよりも、兼業で何社も掛け持つのよいと考え、正社員を辞めました。

楽器演奏指導者

公務員とはいえ、元プロの演奏家としての肩書きがありましたので、依頼していただくことは少なくありませんでした。

しかし、私自身あまり教えることが好きではなく、どちらかというと教わることで自分のものにしていくことが得意であり、また収入の不安定さから、これを主として仕事を続けることを辞めました。

楽器小売店(店頭・法人・学校販売)

楽器店の業務は非常に忙しく、その割に大手を除きOJT(企業内の教育)があまり確立されておらず、現場ではやって覚えろみたいな風習が多い現実です。

私も実際に勤務していましたが、本当に覚えなければいけないことが多すぎて、非常に苦労しました。

楽器小売店(事務職)

楽器小売店で店頭販売を担当していた新人たちは、業務量の大変さに直ぐに辞めてしまうことが多く、このままでは良くないと考え、しっかりと研修・勉強することができるようなマニュアルを作成し、新人教育も担当してきました。

楽器メーカー(修理・営業)

より専門的な楽器の知識を得たいと考え、取引先であった楽器メーカーと交渉し、製造工場の見学や、職人たちとの対談を続けるうちに、楽器メーカーの仕事にも携わるようになりました。

音楽系学校キャリアセンター(就活担当)

さまざまな業務を続け、各音楽学校とのコネクションも多くなってきたころ、学生の就職率の低さが気になりました。

確かに、私が学生のころ、同級生たちに就職活動について尋ねても、ほとんどはとりあえず進学またはフリーという回答ばかりでした。

音楽は演奏家だけではなく、後方支援として裏方で支えてくださる職業がたくさんあるのに、現場ではそれらの職人が非常に不足しております。
これらの大事さや、音楽家としての生活の仕方に対する知識の低さに驚愕し、それらを伝えるために、キャリアセンターにも出入りし、学生と就活相談を行いました。

しかし、学校としても、授業の一環で就職対策を行うことが難しく(文部科学省が認定した学習要領が多すぎるため)、興味や関心のある学生しかキャリアセンターに訪れませんでした。

授業の一環として講義を行なったこともありますが、必修ではないことで参加率が非常に低く(練習時間やアルバイトの時間確保のため)、このまま続けても意味がないと感じ、また音楽業界の未来に違和感を感じ、一度業界を離れることにしました。

現在の私とこれからの目標

北海道の田舎者が10年以上東京で頑張り続けてきましたが、人混みや都会の喧騒にも疲れ、心身ともにリフレッシュすると同時に、新たなアイディアを考えるきっかけを作りたかったため、地元へ北海道へ移住(実際はUターン)しました。

現在は、音楽に関係のない企業で勤務しておりますが、今だに音楽に関する相談を受けることも多いです。

また、東京にいたころよりも時間に余裕が出来たため、趣味である観光や、このブログのような文書執筆を通じて、副業としての収入確保を目標に、多岐にわたって生活が出来るような第2の人生をスタートさせました。

最終的には、人口密集地の東京ではなく、地方や田舎でも音楽家として生活が出来るような仕組みを提案し、地域活性化に繋がるような仕事を確立させ、私が生まれ育った大好きな北海道へ貢献したいと考えております。

私の考えだけの発信では、偏った情報になってしまうこともございます。
ご覧いただいた皆さまがコメントやメッセージ等をいただけますと、それに対してお応えすることで、多くの方へお伝えできるようなブログを目指しております。

もし、興味をもっていただけましたら、ブックマークやお問い合わせなどいただけますと嬉しいです。

最後までご覧いただきましてありがとうございました!

管理人:ゆう

ABOUT ME
ゆう@管理人
都会の生活に疑問を覚え、北海道へ移住(Uターン)した元音楽演奏家のブログです。 大好きな北海道の写真や情報を中心とした記事や、音楽家になるための関する情報、また趣味などの雑記を記事にしていきます。 何かご不明な点がございましたらお問い合わせいただけますと嬉しいです。

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